藤原氏の氏神として有名な春日大社(かすがたいしゃ)
和銅3年(710)藤原不比等が平城遷都の際、藤原氏の氏神を祀ったのが起こりとされています。
神護景雲2年(768)今の地に社殿を造営。興福寺と同様、藤原氏が勢力を伸ばすにつれ盛んに社殿の造営が行われ、平安後期に現在のような規模を整えました。
所在地 :〒630-8212 奈良市春日野町160
電話 : 0742-22-7788
アクセス:春日大社本殿行バス8分終点下車すぐ、又は市内循環バス8分、「春日大社表参道」下車徒 歩10分
公式サイト:http://www.kasugataisha.or.jp/
皇族や貴族の春日詣もさかんとなり、また中世以降になると武家や庶民にも信仰がひろまり、全国各地に御分社がつくられるまでになりました。
“万燈籠”で知られるさまざまな形の釣燈籠、石燈籠の多くは庶民の寄進によるものだということからも、庶民信仰の深さを伺い知ることができます。
毎年2月節分の日と8月14・15日にすべての燈籠に火を入れる“万燈籠”の行事が行なわれ、その幻想的な美しさに、多くの参拝客が訪れます。
奈良・平城京に遷都された和銅3年(710年)、藤原不比等が藤原氏の氏神である鹿島神(武甕槌命)を春日の御蓋山に遷して祀り、春日神と称したのに始まる。
社伝では、神護景雲2年(768年)に藤原永手が鹿島の武甕槌命、香取の経津主命と、枚岡神社に祀られていた天児屋根命・比売神を併せ、御蓋山の麓の四殿の社殿を造営したのをもって創祀としている。
ただし、近年の境内の発掘調査により、神護景雲以前よりこの地で祭祀が行われていた可能性も出てきている。
藤原氏の隆盛とともに当社も隆盛した。
平安時代初期には官祭が行われるようになった。
当社の例祭である春日祭は、賀茂神社の葵祭、石清水八幡宮の石清水祭とともに三勅祭の一つとされる。
嘉承3年(850年)には武甕槌命・経津主命が、天慶3年(940年)には天児屋根命が最高位である正一位の神階を授かった。延喜式神名帳には「大和国添上郡 春日祭神四座」と記載され、名神大社に列し、月次・新嘗の幣帛に預ると記されている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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